薬草歳時記

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辛夷

風搏つや辛夷もろとも雜木山  石田波郷

季語は辛夷(こぶし)で春
辛夷の命名の由来は、赤子の拳の形に似ているからだそうです。
かなりの強風にも辛夷の花がちぎれることもなく何日も耐えられるのは、元来この木が持っている性質からのようです。
辛夷はしなやかで、したたかです。よく「柳に風」と言うけれど、「辛夷にもまた風」が良く似合うような気がします。
ストレスに、決してしゃかりきには立ち向かわない。あやかりたいものです。
漢方で用いるのは、開花前の蕾です。生薬名は辛夷(しんい)と呼びます。
代表的な方剤としては辛夷清肺湯があります。蓄膿症、鼻閉などに使用します。

白梅のあと紅梅の深空あり  飯田龍太

冷たい空気の中に白梅が咲き、そして紅梅が澄み渡った深空に色鮮やかに咲いている。
梅の花の白と紅色、そして空の青色が織りなす早春のすがすがしさを感じます。
飯田龍太は昭和を代表する俳人で掲載の句は、龍太の代表句のひとつです。

梅は百花の魁(さきがけ)といわれています。果実は梅干しや梅酒として親しまれ、昔は万能薬でもありました。
梅の原産地は中国の山岳地帯といわれ、日本には西暦550年頃の欽明天皇のときに呉の僧侶が奈良の都にもたらしたと伝えられています。その際の土産の中に梅の花をあしらった衣装があり、これが評判になって流行したのが呉服の語源とか。

梅は古くから薬用として重んじられ、金匱要略には回虫駆除や解熱・鎮咳に効果のある清涼収斂剤として烏梅丹(うばいたん)の処方を載せています。これは未熟な梅の実を煤煙でいぶして燻製にし、これを乾燥したものです。梅肉エキスはこの処方をもとに考案されたもので青梅をすりおろしてその果汁を土鍋に入れて、とろ火で煮詰めたもので、下痢や消化不良に効きます。

世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし  在原業平

春の季節には、桜があるために人々の心が穏やかでないことを述べて、人の心を騒ぎ立てる力のある桜の素晴らしさを伝えようとしています。爛漫と咲いて一気に花吹雪と化す桜はその散り際の潔さを愛されてきました。日本人の心を捉えて離さない花です。単に花と言えば桜を指します。桜の樹の皮を乾燥したものは「桜皮(おうひ)」といい日本の民間薬として開発されました。 桜皮には、解毒作用があり、おもに鎮咳、咳嗽(せき)、湿疹、蕁麻疹などに良いとされています。
桜皮エキス: 桜皮エキスは桜の樹皮から抽出したエキスで気管支のぜん動運動を促し、気道粘膜からの分泌を増やして粘り気のある痰を薄め、吐き出しやすくする。急性気管支炎、肺炎、肺結核などにともなう咳や痰のからみに用いられます。
風邪をひいたときに病院でもらう茶色い液体「ブロチンシロップ」の成分は桜皮です。痰をうすめて出しやすくし、咳をしずめる作用があります。

蒲公英(たんぽぽ)

蒲公英のかたさや海の日も一輪  中村草田男

季語は蒲公英で春。草田男は犬吠埼でこの句を詠んだとされています。一輪の蒲公英が、怒濤の海に向かい、地に張りつき身を縮めるようにして咲いている。たしかに蒲公英は「かたい」印象を受ける花ですが、この句では海辺に咲くことで一層「かたく」感じます。そして曇天の空を見上げれば、そこにも「かたく」寒々とした太陽が、雲を透かして「一輪」咲くようにして浮かんでいるといった情景でしょうか。
かつて、春たけなわの季節には郊外の道端や土手は群生した蒲公英をよく見かけたものですが、最近はお目にかかれなくなりました。大量のコンクリートが使われると土壌がアルカリ化して蒲公英が生育しにくくなるそうです。蒲公英は自然破壊のバロメータと言えます。
薬用となるのは開花する前の地上部と根茎です。これを陰干しにしたものを「蒲公英(ほこうえい)」といって漢方では急性乳腺炎の初期に連翹などと配合して使われます。

蓮華草(れんげそう)

レンゲソウの名の由来は、蓮華草(れんげそう)であり、7~9個の紅紫色の蝶形花が輪状に咲く様子が、蓮(はす)の花に見立てて、蓮華(れんげ)草になったという
別名のゲンゲは、翹揺(げんげ)は漢名の音読みからつけられました。
レンゲソウは、古くに田植え前の緑肥のために、中国から渡来しました 。
レンゲソウは、空気中の窒素(チッソ)を取り込んで、水田の地中の根粒菌と共生し、窒素固定植物として地中の窒素を増やすことができます。
科学肥料の普及により、春にレンゲの咲く美しい光景は見ることができなくなりました。
科学肥料や農薬漬けのご飯より、レンゲの緑肥と無農薬のご飯の方が、きっと美味しいかもしれません。
レンゲソウ(ゲンゲ)の全草を乾燥したものは、咳、喉の痛みなどの解毒作用があり、1日量10~20グラムを水0.5リットルで半量まで煎じて飲用やうがい薬として用いるということです。
また、生の葉を絞った汁を外傷の出血に塗布するレンゲソウは、祖たんぱく質、ビタミンBを含有していて、4~5月ころの柔らかい葉、茎、花の全草を採取して、そのまま、天ぷら、揚げ物にします。
茹でて水にさらしてから、和え物、酢の物、汁の実や漬物にして食べることもできます。

桃の花

葛飾や桃の籬も水田べり 水原秋桜子

季語は桃の花で春、籬は「まがき」で、垣根のこと。この句についての秋桜子のコメントが残っています。「私のつくる葛飾の句で、現在の景に即したものは半数に足らぬと言ってもよい。私は昔の葛飾の景を記憶の中からとり出し、それに美を感じて句を作ることが多いのである」。この句が作られた頃(昭和初期)にはすでに葛飾は開発されており、作者の心象風景からの句といえます。
昔から「桃栗三年柿八年」といい、樹の成長が早くて三年目には開花結実しますが樹勢の衰えも早く、五年も経てば老境に入り十年で寿命が尽きるそうです。桃を庭に植えると病人が出るとか、早死にするという俗信は、そのためでしょう。
薬用に供するのは種子。果肉を食べ終わった後に残る塊状の種子を「桃仁(とうにん)」といいます。桃仁には脂肪油、アミグダリンなどを含んでおり、漢方では消炎、鎮痛などの目的に使います。
代表的な処方としては、「桃核承気湯」「桂枝茯苓丸」など婦人病に用います。

車前(おおばこ)

話しつゝおおばこの葉をふんでゆく 星野立子

オオバコ科の多年草。地面に葉をへばりつくように群がります。…
花は夏に穂状の白い小花をたくさんつけます。小粒で褐色の種子ができますが、薬用になるのはこの種子です。生薬名は「車前子(しゃぜんし)」といいます。薬効は尿の出をよくし、湿気による関節痛をよくします。
代表的な処方としては牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)があります。
牛車は一般に牛が引く車で「ぎっしゃ」と読みますが、この場合は腎気丸(じんきがん)に牛膝(ごしつ)と車前子(しゃぜんし)を加えたという意味ですので、「ごしゃじんきがん」の読みが正解です。
最近では牛車腎気丸は抗がん剤パクリタキセルの副作用の手足のしびれに対してよく用いられています。

牡丹(ぼたん)

ぼたん切て気のおとろひしゆふべ哉 与謝蕪村

蕪村には牡丹の佳句が少なからずあります。〈牡丹散て打重りぬ二三片〉をはじめとして〈金屏のかくやくとして牡丹かな〉〈閻王の口や牡丹を吐んとす〉など。幻想的な句も多い蕪村ですが、牡丹の句の中でも、閻王の句などはまさにその部類です。牡丹は初夏を鮮やかに彩る花です。それゆえ牡丹を詠んだ句は数限りなく存在し、また増え続けることでしょう。
さて、この句ですが、丹精こめた牡丹が咲き、その牡丹に、牡丹の放つ妖気に気持ちがとらわれ続けている。そんな一日を過ごして、思い切ってその牡丹を切る。そのとたんに、張りつめていた蕪村の気もゆるんでしまった、というのでしょう。牡丹にはそんな力が確かにあるように思います。「おとろひし」は、蕪村の造語ではないか(正しくは、おとろへし)と言われています。
ボタンはキンポウゲ科の落葉低木で中国が原産。日本へは千余年前に仏教と相前後して渡来しました。平安時代には薬用として寺院に植えられたといわれています。「枕草子」に「ほうたん」と出たのが最初とされています。
ボタンの丈は1メートル余、葉は淡緑色の羽状複葉で新しく伸びた枝の先に八花弁の大輪の花を咲かせる。花の直径は20センチにも及ぶ。花季は5月上旬。原種は紅紫色だが、白、紫、紅、黄と多彩。
薬用になるのは、根皮である。秋に根を堀り、水洗いしてから、木槌で軽くたたき割れ目から硬い木部を取り除く、それを日干しにして5センチ程度に切った生薬を「牡丹皮」と言います。
牡丹皮は婦人科処方に重用される。駆瘀血の目的で用いられます。
代表処方としては桂枝茯苓丸があります。